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東京地方裁判所 平成6年(ワ)21152号 判決 1996年3月29日

東京都新宿区大久保一丁目一四番一五号

原告

株式会社東松山カントリークラブ

右代表者代表取締役

伊室一義

右訴訟代理人弁護士

後藤徳司

日浅伸廣

中込一洋

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

新堀敏彦

田部井敏雄

松本隆治

由井正昭

仲村勝彰

山口徳明

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  控訴費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金七二八万七四〇〇円及びこれに対する平成七年一月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  請求原因

1(一)  原告は、高橋恵六(以下「恵六」)のためにすることを示した高橋茂(以下「茂」)との間において、平成二年一月二六日、恵六所有の埼玉県比企郡滑川町大字山田字前谷一六一四番八山林四〇二五平方メートル(以下「本件土地」)を代金四〇二五万円で買い受けるとの契約を締結した。

(二)  原告は、茂に対し、平成二年一月二六日、恵六の代理人として、四〇二五万円を支払った。

(三)  本件土地について、浦和地方法務局東松山支局平成二年二月七日受付第二七六九号をもって恵六から原告に対する所有権移転登記(以下「本件登記」)が経由された。

2  しかし、茂には、本件土地を売り渡すにつき恵六の代理権はなかった。

すなわち、恵六は、原告に対し、茂の行為は無権代理であるとして、本件登記の抹消登記を求める訴えを提起し、平成四年六月一日、「茂に恵六の代理権が存在したとは認められない」ことを理由に恵六勝訴の判決が言い渡され、控訴、上告の後、平成五年一〇月二八日、右判決は確定した。

3  茂は、国(東松山税務署)に対し、平成三年三月一五日前に、恵六の名をもって本件土地売買の譲渡所得税として1・(二)の金員のうちから七二八万七四〇〇円を納付した。

4  本件土地売買が無効である以上、恵六が譲渡所得税を支払うべき理由もない。

したがって、被告は、法律上の理由なく原告の財産から譲渡所得税分を利得し、原告には同額の損失があるから、右は不当利得にあたる。

なお、不当利得に関する被告の主張に対する反論は、別紙2のとおりである。

5  恵六は被告に対し還付請求権を有しているところ、恵六は、法律上の理由なく還付請求権を利得し、原告には同額の損失があるから、右は不当利得にあたり、原告は、恵六に対して不当利得返還請求権を有している。

6  茂は、平成三年六月二五日に死亡し、高橋サダ子、高橋秀明、高橋克典及び中山弘江が、茂の相続人である(以下「茂相続人ら」)。

茂相続人らは被告に対し不当利得返還請求権を有しているところ、茂は、法律上の理由なく1・(二)の金員を利得し、原告には同額の損失があるから、右は不当利得にあたり、原告は、茂相続人らに対して不当利得返還請求権を有している。

7  よって、原告は、被告に対し、第一次的に不当利得返還請求権に基づき、第二次的に恵六の還付請求権を代位行使し、第三次的に茂相続人らの不当利得返還請求権を代位行使し、被告に納付された税額と同額の金員及び訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否等

1  請求原因1及び2の事実は知らない。

2  同3のうち、平成二年度に恵六名義の七二八万七四〇〇円の所得税の納付があったことは認める。

3  本件の処理には、国税通則法五六条一項の過納金還付の規定が適用され、不当利得に関する民法の規定は適用されない。

被告の主張の詳細は、別紙1のとおりである。

4  過納金の還付請求権については、その前提として更正の請求を行わなければならないところ、本件では、納税申告のあった後一年以内に更正の請求がなされていないから、恵六の還付請求権は発生していない。

なお、所轄の東松山税務署長は、恵六に対し、平成七年七月四日、職権をもって減額更正し、これに基づく過納金を還付した。

第三裁判所の判断

一  成立に争いのない甲一ないし三によれば、請求原因1及び2の各事実を認めることができ、同3のうち、平成三年三月一五日前に、恵六の名をもって本件土地売買の譲渡所得税として七二八万七四〇〇円の納付があったことは、争いがない。

二  原告の第一次的請求について

原告は、被告に対し、原告の不当利得返還請求権を主張するところ、原告の主張から明らかなように、原告は被告に対し直接金員を交付したものではなく、原告から金員を騙取した茂が、その金員を被告に納付したというものである。

そうすると、被告に納付した者を名義人の「恵六」ではなく「茂」と評価できるかどうかはさておき、これを茂と評価した場合でも、被告について不当利得が成立するためには、被告に金員を受領するにつきこれが騙取された金員であることの悪意又は重大な過失が必要である。

右の点につき、原告は被告の悪意又は重大な過失を具体的に主張せず、その証拠も何らないのであるから、このような場合には民法の不当利得の規定が適用されるとの立場をとっても、原告の主張は失当である。

三  原告の第二次的請求について

原告は、恵六の国税通則法五六条による還付請求権を主張するところ、国税通則法上の権利を主張する以上、右は、国税通則法上の手続を経て確定されたものでなければならないことは当然である。

しかし、右の点につき、原告は、恵六が更正の請求をしたことも、それに基づき減額更正がなされたことも主張しておらず、その証拠もないのであるから、原告の主張は失当であるといわざるをえない。

なお、弁論の全趣旨によれば、所轄の東松山税務署長は、恵六に対し、職権をもって減額更正し、これに基づく過納金を還付したことが認められるが、職権をもって減額更正を受けられる立場までは、代位行使することはできないというべきである。

四  原告の第三次的主張について

原告は、茂の不当利得返還請求権を主張するところ、国税通則法の過納金に関する規定は、納付された国税に関し民法の不当利得の特則を定めたものと解されるから、民法上の不当利得請求権そのものは発生しないものというべきである。

そこで、これを、国税通則法五六条の還付請求権とみると、茂に還付請求権があるか否かはさておき、三において述べたと同様の問題があるのであって、原告の主張は失当であるといわざるをえない。

五  右によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 江口とし子)

別紙一

不当利得に関する民法の適用の可否について

以上のとおり、本件の処理については国税通則法五六条一項の過納金還付の規定が適用されるが、その場合、なお不当利得に関する民法の規定が適用されるのかが問題となる。

原告は民法の適用を肯定するようであるが、同条の過誤納金に関する規定は民法の不当利得の適用を排除する趣旨であると解すべきである(東京地方裁判所昭和四九年七月一日判決・訟務月報二〇巻一一号一七八ページ及びその控訴審判決である東京高等裁判所昭和五〇年四月一六日判決・訟務月報二一巻六号一三四五ページ参照。)。

すなわち、国税として納付された金員について、それに対応する確定した租税債権が存在しない場合には、国はこれを収納すべき法律上の原因を欠くのであるから、公法上の不当利得の性質を有するものとしてこれを納税者に返還すべきであることはいうまでもないが、法は、大量的、反復的に発生する過誤納金の返還に関する事務を適正・迅速に処理する必要があること、瑕疵ある租税確定処分であっても、それが取消されない限り、納税者がその瑕疵を主張することは許されないという公定力理論との整合性を保つ必要があることから、過誤納金の返還を規律すべき規定として、同法五六条以下の規定をもうけたものというべきである。したがって、同条の規定により、民法の不当利得の規定の適用は排除されているというべきである。

また、本件のように、過誤納付者に利害関係をもつ第三者が存在する場合の規律については、国税通則法基本通達第五六条関係が過誤納付者以外の第三者に対して還付することのできる場合を限定的に列挙していることにかんがみると、それに該当しない第三者が存在する場合には、国(税務官庁)は、過誤納付者とその第三者との関係いかんを問わず、過誤納付者に対して過誤納金を還付することにより、以後当該不当利得返還の関係から離脱し、その後の法律関係については、当事者間の処理・解決にゆだね、国(税務官庁)は関与しないとの立場に立脚しているものというべきである。もし仮に、この場合に不当利得に関する民法の適用を肯定すると、国(税務官庁)としては、過誤納付者に対する過誤納金還付手続を進めることができず、税務行政が混乱し、国税通則法五六条の規定が無視されてしまうことになり、まことに不当である。

以上のとおり、本件の処理では民法の不当利得の規定の適用は排除されるから、原告の主張は、それ自体失当というべきである。

別紙二

民法上の不当利得返還請求権

(一) 被告国は、平成七年九月八日付準備書面において「原告は民法の適用を肯定するようであるが、同条1(国税通則法五六条一項一)の過誤納金に関する規定は民法の不当利得の適用を排除する趣旨であると解すべきである。(中略)もし仮に、この場合に不当利得に関する民法の適用を肯定すると、国(税務官庁)としては、過誤納付者に対する過誤納付還付手続を進めることができず、税務行政が混乱し、国税通則法五六条の規定が無視されてしまうことになり、まことに不当である。」と主張している。

しかし、右の被告国の主張は不当である。

(二) そもそも不当利得とは、利得を得た者(利得者)と当該利得によって損失を蒙った者(損失者)との間の法律関係(利得と損失との間に因果関係があること)であり、その理は、公法上の不当利得にあっても全く同様である。

したがって、公法上の不当利得であるからと云って、損失者に利得の返還が為されないでも良いというわけではなく、損失者に利得の返還が為されなければならないことが原則である。この理は、国税通則法二三条が正当な損失者の地位にある「納税申告書を提出した者」は更正の請求ができるものと定め、同法五六条(通達を含む)が納税につき法律上の利益がある者、現に納税をした者やその承継人等「納税申告書を提出した者」と「その承継人」等類似の利害関係ある者に対し、還付することを定めていることからも明白である。即ち、国税通則法二三条および同法五六条は、損失者以外の者に対して国の不当利得を還付(返還)することを予定していない(五六条通達で明記されている者以外は、五六条は適用されない)。

ただ、還付手続の大量処理の要請から、右還付手続にも民法四七八条が適用されると考えられ、損失者でない納税名義人に対し、不当利得の返還をしたとしても債権の準占有者に対する弁済として免責される場合があることは別途の問題であるが、納税名義人は損失者と一応推定されるに過ぎず、その推定は、証明することによって覆し得る事項である。

(三) 即ち、公法関係であったとしても、不当な利得は損失者に支払われるべきであるという原則に変わりがあるわけではない。

しかるに、本件の場合、納税名義人(被告恵六)が損失者ではなく、原告が損失者である(因果関係については、原告の平成七年六月三〇日付準備書面記載のとおり)ことは訴訟当事者間に明白であり、被告国も十分理解しているところである。

したがって、被告国が納税名義人(被告恵六)に利得金を還付したとしても民法四七八条の適用がないばかりか(免責されない)、損失者に対する返還とも云えない。一方、国税通則法二三条および同法五六条は前記のとおり、正規の納税者等に対する還付の手続として規定されている。となると、損失者が納税者でない本件のような場合は、国税通則法二三条および同法五六条の還付は予定されておらず(適用がない)、いわば「はみ出した関係」にあると云うべきである。言葉を換えてみると、国税通則法二三条および五六条が予定した還付金(過納金)の還付の範囲は、公法上の不当利得の関係に当たるとしても、それから「はみ出した関係」は、国税通則法二三条や同法五六条の適用の余地はなく(ただ、民法四七八条の免責が認められる場合があるだけ)、民法の一般原則が適用されると云うべきである。けだし、納税名義人と異なる損失者は、もはや納税上の公法関係にないからでもある。

国税通則法二三条および同法五六条に関する斯様な解釈は、例えば不当利得金につき納税名義人が自己が納付した金員ではないこと(無関係であること)を確認し、還付金の受領等を拒否した場合について考えてみれば当然のことであろう(斯様な納税名義人は還付金の受領義務は無い。そうだとすると、国と納税名義人の二者だけの関係で解決しうる問題ではなく、本件は言わば「はみ出した関係」である)。

(四) このことは、左記の事実からも裏付けられると思われる。

即ち、国税通則法二三条と同法五六条との関係は同法上明確ではないが、同法二三条は納税名義人の権利として定められ、同法五六条は国税局長等の職権発動を義務づけている。そうであるとするならば、他に立法目的が考えられるとしても、同法五六条は同法二三条の権利を失った者を職権によって救済する旨の救済規定との面があることも否定できない。そして、同法五六条が斯様な救済規定であることを前提とするならば、真の損失者が納税名義人等五六条通達の3所定の者でないことが明白である場合まで、納税名義人に対し還付金を支払うとの意でないことは、仮に百歩譲ったとしても云えることである。けだし、損失のない納税名義人に還付することは、同法五六条の損失者を救済しようとする目的を大きくはみ出すからである(即ち、五六条が適用される場合は、特別法として民法の適用は排除されるが、「はみ出した関係」は五六条の適用の余地がないので民法が適用される)。

(五) また、国税通則法基本通達第五六条関係還付の1によると同条第一項の「国税に係る過誤納金」とは、「国税として納付された金額の過納付額および納期の開始前における国税としての納付額、予納としてされたものを除く)とをいう」と過超納付額という文言を(本件は納税名義人の意に反する第三者納付であるばかりか、過超納付額ではない)わざわざ表示し、正当な納税名義人の過超納付金を予定していて、これに反して、納税名義人以外に損失者が存在する場合まで定める趣旨でないことからも被告国の主張は疑問とせざるを得ない。

(六) 以上の通り、国税通則法が民法上の不当利得の全ての場合を定める特別法でないとすると、国税通則法が通用される範囲外の不当利得については、民法の一般原則が適用されることは当然である(この点に関し、浦和地判昭和五八・三・二八判タ五〇六号一三三頁が参考となる)。

即ち、本件においては、損失者が原告であることは明白であって、納税名義人が損失者であることの推定は全く成立しないから、公法上の不当利得とは云えず、民法の不当利得の規定が適用されることとなる。

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